精神の病について経緯

些細なことから人生は狂い始める。

私が28の時でした妻が第1子を産んだ3日後に急に私は急に私は海外旅行に行くと妻に告げ、一週間後に 韓国旅行に行きました。
目的は夜の遊びです。
向こうで三日間遊んで帰ってきてから」相手の子に電話が番号を教えちゃだめって」電話がかかってきました。
妻にはあまり詳しいことを言えないため, 適当にごまかしたのですが, 妻にはそれが耐えることができなくて,精神的な病、統合失調症にかかりました。


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病はいつまでも続く

それでも妻は第二子を出産しました。
でも、相当つらかったみたいです。
重い副作用に悩まされ学校の行事にも参加し、私の親がやっている会社にもっと勤め、色々と苦労がありました。

特に副作用には悩まされ,ある時なんかは眠ることができないと,私に訴えかけ私も付き合いながら、明くる日には普通に仕事に行きました。
学校の行事には私が忙しい為に、ほとんど行くことができなくて,馬鹿にさせながらも妻は辛抱強く行ました。



意外な出来事

毎日毎日 妻が苦しむのを見ているのが私もつらかったのですが,もともとの原因は私にありますので,何とかしてやりたいと常日頃から考えておりました。
ある時、パチンコに誘ってやりました。
今まで妻は行ったことがなかったのですが,たまたま行った時に,大もうけをしてその姿が非常に楽しそうに見えたので,毎週誘うように私はなりました。

やはり病は気からという言葉があるように気持ち次第では明るくにもなれるということが今回の事例でわかりました。

今や幸せに暮らしています。

もう年だからパチンコもやめて,色々とやってますが相変わらずある程度の副作用は妻にあり,私は自責の念から,できるだけ妻に寄り添うようにしております。
でも妻は今はま満足しております。
現在も私は働いていますか,私が帰ってくると妻は人が変わったように喜んだ顔して私にいろんなことを話すようになりました。
あとは副作用がなんとかもう少し軽くなるのが私の願いです。

そうすれば妻と一緒にもっともっと楽しい人生が送れて妻も体が楽になると,もっと楽しくなると思います。
精神病院には,私もいつも付き合って良い報告がいつもできるよにと心がけております。

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